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VTuber卒業という“終わり方”の再設計1:同一性が法的に認められた時代における「断絶」「転生」「継続」の新バランス

2025年10月10日

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 2025年10月9日、にじさんじ所属のVTuber「グウェル・オス・ガール」が卒業した……してしまった。ついこの間、ホロライブ「火威青」の見送ることもできない卒業を経験したばかりなのに。


 彼の卒業配信で注目を集めたのは、同事務所をすでに離れた「卒業メンバー」たちから寄せられたコメントの紹介でした。


 これは、VTuber業界においてきわめて珍しい演出でした。ホロライブでは卒業メンバーの再登場や関与は一切行われず、にじさんじでもここまで明示的に“卒業者の声”が紹介されることはなかった。この出来事は、単なるサプライズ演出ではなく、VTuberという存在が抱える「卒業とは何か」という問いを改めて浮き彫りにされました。


 “卒業”は引退でも活動停止でもない。

 それは、企業とタレント、そしてファンがそれぞれの立場から「関係をどう終わらせるか」を選ぶための儀礼であり、同時に契約・人格・物語を分断する装置。


 しかし、人格の同一性が法的にも認められ、転生や独立が一般化した今、この制度的な「断絶」は本当に現実に即しているのでしょうか。


 ホロライブとにじさんじの制度設計を比較しながら「企業としてできること・できないこと」「ファンが望むこと」「本人が望む終わり方」という三つの視点から、VTuber卒業という文化の再定義を試みたいと思います。

 その先に見えるのは、断絶でも永続でもない――“選べる終わり方”という新しい時代の形です。


※少し長くなったので目次っぽいものをつけておきます。

  1. 見た目(アバター)と名前(芸名)の権利構造――「卒業後に関わる/関わらない」を決める法的・実務的な土台

  2. 企業視点:「できること」と「できないこと」――契約・ブランド・リスクの三重構造

  3. ファン視点:「やってほしいこと」と「やってほしくないこと」――喪失と“物語の継続”をどう両立させるか

  4. 当事者視点:「やりたいこと」と「やりたくないこと」――“同一性”が認められる時代における「卒業」という虚構

  5. 「卒業」という制度の再設計――断絶から選択へ

  6. VTuber卒業文化の未来――物語の寿命と記憶の持続

  7. 総括:VTuber卒業はどこへ向かうのか――制度・文化・感情の交差点としての“終わり方”

  8. 「推しは推せるときに推せ」――儚さを受け入れる文化としてのVTuber卒業



第1章 見た目(アバター)と名前(芸名)の権利構造――「卒業後に関わる/関わらない」を決める法的・実務的な土台

 VTuberの「卒業」という言葉の背後には、単なる感情的な区切りではなく、複雑な法制度と契約構造がある。タレントの見た目であるアバターや衣装、名前、声、チャンネルといった要素は、いずれも異なる権利領域に属し、卒業後の扱いを大きく左右します。近年では、法的にも「中の人」と「キャラクター」の関係が整理されつつあり、企業・演者・ファンの三者にとっての“境界線”がようやく見え始めています。


 まず、VTuberの外観や衣装デザインは、著作権や意匠権、商標権といった「有体的表現の権利」によって保護されます。たとえばLive2Dモデルのテクスチャやリギングデータ、3Dモデルの造形、ロゴデザインなどはすべて独立した著作物とみなされることが多い。これらは制作委託契約や所属契約で「権利帰属」を明記しておく必要があり、たいていの場合は企業が一括して保有します。つまり、卒業後に同じ姿で活動するには、企業側から再度使用許諾を得る必要がある。衣装や外観を“芸能人の衣装のようなもの”とする例えはよく使われますが、現実には著作物性を有するため、物理的な貸与よりも複雑です。


 一方、活動名義(芸名)やキャラクター名は、人格的・商業的価値を持つため「パブリシティ権」「氏名権」などで保護されます。ただし、企業が芸名の独占的使用を永続的に強制する条項は、公序良俗違反として無効とされた判決が存在します。つまり、本人が自らの芸名を用いて活動を続ける権利は一定範囲で認められる。とはいえ、商標として企業が登録している場合、その名義を使って商業活動を行うことは制限されるため、現実的には“似たが異なる名前”での再活動が一般的になります。このグレーゾーンが「転生」文化の温床であると考えます。


 VTuberに関する権利問題をより複雑にしているのが、共同著作・共有の構造です。多くのキャラクターは、イラストレーター、モデラー、音響制作、BGM作曲者など複数の権利者が関わっており、ひとつのデータを再利用するにも全員の許諾が必要になります。企業が卒業後の「再出演」を避ける背景には、法的リスクよりもこうした調整コストの高さがあるように思えます。


 しかし近年では、この構造を自力で乗り越えるタレントも出始めています。代表例が周防パトラでしょう。彼女は2023年、所属事務所から独立する際に、自身の2Dモデル・チャンネル・関連データを「買い取る」という形で権利移転を実現しました。つまり、企業が持つIPを金銭的に清算し、自分の創作資産として取り戻した稀有なケースです。この“買い取り独立”モデルは、制作スタッフの同意と法務整理のうえでのみ成立し、きわめて高度な交渉を要しますが、実現可能性を示したという点で大きな意味を持つと考えられます。


 もう一つの象徴的な事例が、小森めとの移籍。彼女は774inc.から「ぶいすぽっ!」へと移籍する際、キャラクター名・アバター・YouTubeチャンネルをそのまま維持しました。これは企業間でIPの使用・承継が正式に合意された極めて例外的なケースで、外観・名義・ブランドの三位一体的継続を実現しました。いわば“転生ではなく引っ越し”であり、卒業=消滅という文化を超えたモデルといえるでしょう。


 この二つの事例に共通するのは、本人の意思と契約の透明性が一致していたことです。企業が「所有者」、本人が「使用者」として契約上対等な立場を築けたからこそ、継続的活動が可能になりました。一方で、こうした柔軟な制度は、ホロライブやにじさんじといった大規模IP事業では難しい。とくにカバー(ホロライブ)は、有価証券報告書の中で「所属タレントのキャラクター・商標等の知的財産は原則当社に帰属する」と明記しており、これは“箱全体の一体性”を守るための仕組みでしょう。ブランド統制を優先するなら、個別例外を作らないのが最も安全なのです。


 一方、にじさんじを運営するANYCOLORは、「ライバー個人の創作活動を尊重し、共創型IPとして発展させる」と述べています。ファン二次創作や自主楽曲制作を積極的に許容する姿勢からも分かるように、彼らの制度設計は「企業が全面的に支配するIP」ではなく「共に育てるIP」を想定しています。そのため、卒業後のコメント紹介や映像使用など、緩やかな“関係維持”が成立しやすい。


 裁判や法解釈が少しずつ“人格の連続性”を認める方向に進み、企業の契約運用が“断絶の演出”を保ち続ける――このねじれが、現在のVTuber卒業文化の根底にあります。法は「人」を見ており、企業は「世界観」を見ている。このズレをどう整合させるかが、次章以降で扱う経営・文化・心理の三側面に直結していくでしょう。


第2章 企業視点:「できること」と「できないこと」――契約・ブランド・リスクの三重構造

 VTuberの「卒業」を語るうえで、企業側の意思決定はもっとも現実的な要因です。

 卒業が単なる演出に見える裏では、契約更新、ブランド維持、法務リスク、ファン心理の管理といった多層的な判断が行われています。

 この章では、ホロライブ(カバー株式会社)とにじさんじ(ANYCOLOR株式会社)という二大事務所を軸に、企業が“卒業後に関われない理由”を構造的に分析してみます。


 まず、VTuber事務所の契約形態は「マネジメント契約」と「IPライセンス契約」の二層構造になっています。

 前者は、配信活動や出演などタレント業務の範囲を定め、企業がマネジメントや営業代行を行う契約です。

 後者は、キャラクターやモデルデータといった知的財産の使用を許諾する契約で、ここで企業がどこまでの権利を保持するかが、卒業後の扱いを左右します。


 たとえば、カバーは「当社がキャラクターの著作権と商標を保有し、タレントはその使用を許諾される立場」と明言しており、契約終了=ライセンス終了となります。

 つまり、卒業後に同じ姿・同じ名前で登場することは、企業の知的財産を無断利用する行為とみなされるため、制度上もブランド上も認められません。


 一方、ANYCOLORは「ライバーと共創するIP」を掲げ、ライバー個人の創作活動を広く認める方針を取っています。


 そのため、卒業時にも柔軟な運用が可能で、グエル・オス・ガールの卒業配信で見られたように「卒業済みメンバーからのコメント紹介」といった形式で関係を残すことができます。


 ここで重要なのは、“出演”ではなく“紹介”にとどめるという演出上の工夫です。

 映像・声・肖像を新規収録するには出演契約を再度締結する必要があるが、過去の発言やコメントを引用するだけなら、旧契約の範囲内に収まります。

 この“限定的関与”こそ、企業が法務・ブランド・ファン心理の三者をバランスさせるための最適解になっています。


 企業が卒業メンバーを再登場させないのは「冷たい」からではなく、「整合性を壊さないため」です。ホロライブは、ブランドを“物語世界”として管理しており、現役メンバーだけがその世界を構成しています。卒業者が戻ると、ファン心理が「物語が循環する」方向に傾き、現在のストーリーラインが崩れることになります。

 にじさんじは逆に、ファンコミュニティを開かれた共同体として設計しており、過去・現在・未来を緩やかに接続することを許容しているように思えます。

 この哲学の差が、企業としての卒業方針の差でもあると考えられます。


 法的な観点から見ると、企業の「できること」「できないこと」は、契約更新条項とアーカイブ条項に明確に反映されます。

 たとえば卒業時に「チャンネルを閉鎖する」「一定期間後にアーカイブを削除する」といった処理は、個人情報・著作権・音楽ライセンス・出演契約など複数の権利者を整理するために必要な措置です。また、出演時に企業間コラボを行っていた場合、その素材の再使用にはコラボ先の再許諾が必要となります。出演者が卒業していると、法務的な確認先が増えるため、再利用コストが跳ね上がることになります。


 こうした権利の連鎖が、企業をして「卒業=完全断絶」に踏み切らせています。


 ホロライブでは、契約終了時に「所属タレントの全活動データを当社が管理し、本人は以後利用できない」と明示され、これによりデータやIPが企業資産として一体化し、商標・グッズ・音源販売が法務的に整理されていく流れでしょう。

 一方、にじさんじは、グッズや楽曲の権利をタレント個人または制作会社との共有にすることが多く、卒業後も一定範囲でアーカイブや再販が続くケースがあります。

 両者の違いは、「IPを誰のものと定義するか」の違いであり、それが“卒業後の距離感”に直結しています。


 過去判例を踏まえると、衣装デザインやアバターの再使用は著作権侵害や不正競争防止法上の混同を引き起こすおそれがあり、企業にとっては大きな法的リスクです。


 また、芸名やキャラクター名を再利用した商業活動は、ブランド混同を招く危険があるため、事務所が再出演を制限するのは合理的な措置といえます。

 その代わりとして、企業は卒業時またはその後に「コメント引用」「過去映像の部分使用」「記念展示」などの手法を発達させてきました。

 それは「完全に関わらない」のではなく、「安全な範囲で思い出を共有する」ための企業的折衷策なのである。


 興味深いのは、にじさんじの柔軟さはファン文化の延命にも寄与している点です。

 卒業メンバーの名が語られることで、コミュニティの記憶が連続し、箱全体の物語が“生き続ける”。

 ホロライブが“儀式としての卒業”を重視するのに対し、にじさんじは“歴史としての卒業”を描いているともいえます。


 どちらが優れているというより、企業文化の違いがファン文化の方向性を規定しているのです。


 今後の方向性として、企業は「卒業メンバーをどう記録に残すか」を再設計する必要があります。

 ホロライブ型のブランド完結モデルでは、アーカイブやグッズを“記念資料”として再構成する形が現実的でしょう。

 にじさんじ型の共創モデルでは、卒業者のコメントや軌跡を“アーカイブイベント”として再利用する方式が有効です。


 どちらも、「再出演をしないまま関係を残す」という構造を持ち、ファンと企業の信頼を両立させています。


 そのためのキーワードは、出演ではなく、引用。


 契約とブランドの間に生まれた微妙な余白こそ、卒業という制度がこれから進化していく余地なのです。



長くなりましたので、次章は別記事にします。




ITmedia「周防パトラ、2Dモデルとチャンネルを買い取り独立」
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2305/10/news102.html
ITmedia「小森めと、774inc.からぶいすぽっ!に移籍」
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2301/27/news133.html
J-CASTニュース「VTuberが事務所退所後も同名で活動継続」
https://www.j-cast.com/2023/05/10461195.html?p=all
カバー株式会社 有価証券報告書(2024年3月期)
https://cover-corp.com/ir/
ANYCOLOR株式会社 有価証券報告書(2024年3月期)
https://ir.anycolor.co.jp/
五常法律会計事務所「芸名使用制限条項は無効」
https://www.gojo-partners.com/column-ps/5118/
骨董通り法律事務所「ファッション・ショーと著作権の範囲」
https://www.kottolaw.com/column/000706.html
Business Lawyers「キャラクター名の著作権保護は否定的」
https://www.businesslawyers.jp/articles/1398
大阪地裁令和4年8月31日判決 VTuber誹謗中傷事件(名誉感情侵害認定)
https://www.kittenlawoffice.com/column/avatar/
カバー株式会社 有価証券報告書(2024年3月期)
https://cover-corp.com/ir/
ANYCOLOR株式会社 有価証券報告書(2024年3月期)
https://ir.anycolor.co.jp/
カバー公式FAQ「卒業と活動停止の違い」
https://hololivepro.com/faq/
ORICON NEWS「にじさんじ グエル・オス・ガール卒業配信」
https://www.oricon.co.jp/news/2358473/full/
五常法律会計事務所「芸名使用制限条項は無効」
https://www.gojo-partners.com/column-ps/5118/
骨董通り法律事務所「衣装と著作権の判断基準」
https://www.kottolaw.com/column/000706.html
Business Lawyers「キャラクター名の著作権保護は否定的」
https://www.businesslawyers.jp/articles/1398
法と経済セミナー「クリエイター契約の新しい形」(2024年2月号)
https://www.jil.go.jp/institute/zassi/2024/02/pdf/sem_2024_02.pdf
PR TIMES「ホロライブプロダクション:経営方針説明資料」
https://cover-corp.com/press/
VTuber NewsDrop「Hololive Redefines VTuber Graduations」
https://vtubernewsdrop.com/hololive-redefines-vtuber-industry-graduations/

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